飛騨高山の風雅陶器 Koito Pottery




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■ コラム「飛騨高山の美術館」バックナンバー

第十四回 民俗村・飛騨の里
第十三回 高山市郷土館
第十二回 平田記念館
第十一回 高山短期大学・飛騨自然博物館
第十回 飛騨高山美術館
第九回 春慶会館
第八回 国史跡・高山陣屋
第七回 飛騨地域地場産業振興センター 展示室
第六回 獅子會館
第五回 飛騨民俗村 山岳資料館
第四回 福来博士記念館
第三回 高山市 市制記念館 (旧高山町役場)
第二回 高山屋台会館
第一回 日下部民藝館




第十四回 飛騨民俗村 飛騨の里
長倉註:
この文章は、2003年、東京工業大学同窓会誌「蔵前工業会誌」の「ちょっと気になるミュージアム」
に投稿/掲載されたものです


『飛騨民俗村・飛騨の里』(岐阜県高山市)

小糸焼窯元 長倉 大


●「飛騨民俗村・飛騨の里」とは
昭和30〜40年代、電源開発のためのダムの建設や高度成長による村の過疎化などで、合掌造りをはじめとする岐阜県飛騨各地の民家は捨てられ、やがては消え行く運命にあった。「飛騨民俗村・飛騨の里」はこれら貴重な民家を岐阜県高山市の西方、北アルプスを望む丘陵に移築した野外集落博物館である。
 
昭和46年に開館した「飛騨民俗村・飛騨の里」(以下「飛騨の里」と記す)は、高山市の運営になるもので、「心のふるさと・飛騨高山」のキャッチコピーを使用した国鉄(当時)のディスカバージャパン・キャンペーンに乗って、最盛期には年間100万人もの入館者があり、現在までの累計入館者数は実に2千5百万人にのぼる。自治体運営の施設としては異例の成功を収めている。読者のかたがたの中にも訪れた方もいらっしゃるのではないだろうか。

しかし、「飛騨の里」は単なる民家を集めて並べただけの野外集落博物館ではない。この稿では飛騨の里の理念とその使命について書いてみたいと思う。



●飛騨の里の概要


入口でチケットを買って入館すると、まず最初に目に飛び込んでくるのが白川郷より移築した合掌造り「西岡家」である。後方の森の緑を借景に、前方の池に対称に映る合掌屋根が美しい。飛騨地方は高低差が大きく、また、南方と北方では気候風土が大きく異なり、豪雪地帯から雪のほとんど降らない所まで様々だ。したがって、民家の構造や生活様式もそれぞれの気候に合わせて千差万別である。飛騨の里ではこのことを強く意識してバラエティに富んだ民家が配置されており、順路にそって進むことにより、形や構造の違いがよくわかるようになっている。



また、飛騨の里には民家だけでなく、飛騨で使われた貴重な民具約8000点を蒐集・保存し、その一部を展示している。このうち「橇のコレクション」、「農山村の生活用具」、「荘川村の養蚕用具」は国の重要有形文化財に指定されている。



●飛騨の里のなりたちと理念
昭和30年代後半から、合掌造りをはじめとした飛騨の民家は、横浜の三渓園や大阪の日本民家園へ、あるいは料理屋の建物などとして、次々と飛騨の外に流出していた。
また、その頃、国のバックアップで日本各地に歴史民俗資料館設置が始まっていたが、その多くは民俗資料の保存を目的としたものがほとんどで、一般に公開する施設は少なかった。このことを嘆き、「民家はその生きていた場所で保存し、人々に公開されてこそ残す意義がある」と訴えた1人の人間の活動が発端となり、官民一体となって作られたのが飛騨の里である。


上写真:合掌造り 旧若山家

飛騨の里の理念は、「生きた博物館(Living Museum)」である。民家は移築前と同じ向きに建てられ、囲炉裏には24時間、常に火が焚かれている。火を絶やさないのは単なる雰囲気作りではなく、燻蒸することで民家を保護するためである。火の絶えた家はあっという間に朽ちてゆくのだ。

民家の周りには畑や田が作られ、道端には季節の花が咲いている。家の中ではわら細工や蓑作り、刺子や機織りなど、農村の伝統的な作業の実演が行われており、また、祭りや獅子舞など飛騨の季節の伝統行事がイベントとして行われている。入館者は実際に囲炉裏端に座り、柱に触れて、昔の日本に思いを馳せることができるであろう。
設立当初、民具などは実際に使用された場所に置いて、手にとってもらえるようにしていたが、こころない一部の入館者に相次いで持ち去られたため、現在はガラスケースに納められている。だが、これは本意ではない。



●「自然へのまなざし」と「知恵の集積」
飛騨の里で特に見るべきテーマは「日本人の自然へのまなざし」と「知恵の集積」である。
たとえば飛騨の里には「木の股を利用した道具」のコレクションがある。木が股になった部分は上手に利用すると構造部材として優れた性質を発揮する。

木の股でつくった「鍬」

上の写真は木の幹から枝を切り取って作った鍬である。持ち手と掘削部が天然の結合(木の節)をしているのでガタがこず、また、部品と手間の節約になる。その無駄のない見事な形と美しさを感じていただきたい。

ここで特筆すべき点は、この鍬の材料は偶然に見つけたものではないということである。昔の人は常に自然の観察を怠らず、よさそうな材料があれば囲炉裏の上で乾燥させ準備していた。つまり常に自然を観察していたのだ。
また、この鍬は、ひとりの頭のよい人間が思いつきで作ったものではない。飛騨では山ひとつへだてて部落が違うと鍬の角度まで違っていたそうであるが、この鍬は、木取りの方法や最適な角度など、長い間かけて多くの人々が蓄え伝えてきた「知恵の集積」によって生み出されたのである。



●未来の日本人への贈り物
ところで、さきにノーベル化学賞を受賞された白川秀樹博士は、小学校から高校卒業までの10年間を飛騨高山ですごされた。受賞時には多くの本が出版され、講演が行われたが、そこでは幼いころ飛騨の野山で遊んだ思い出について、必ず触れておられる。博士は実験の誤りから生まれたゴミ屑のようなものから重要な発見を救い出したのであるが、ゴミ屑とノーベル賞の境目は、目に見えないほどの細さであったろう。それを見分けられたのは、博士が飛騨の自然の中で育んだ感受性であると私は信じる。

日本は自然環境の多様性において地球上で特異なポイントだそうだが、その厳しくも豊かで優しい自然に育まれたからこそ、日本人は科学による立国を成し遂げ得たのではないだろうか。



ここにアービング・ラングミュア博士(1881〜1957) の示唆的な言葉がある。

「少年時代,山や海でうんと遊びなさい。それはきっと科学の仕事に役に立つからです」
(かこさとし著:科学者の目 フォア文庫 より引用)

飛騨の里には豊かな自然と、昔の日本人の知恵がいっぱいに詰まっている。未来を知るためには過去を知らなければならない。飛騨の里は、これから日本人が進むべき道を示してくれる、「未来の日本人への贈り物」であるように思う。

最後に、「飛騨民俗村・飛騨の里」の設立に当たっては、本学の先輩である、ガラス工芸の各務鉱三、陶芸家の浜田庄司、加藤タの各氏(いずれも故人)に物心両面で大きく力になっていただいたことを記しておきたい。

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飛騨民俗村・飛騨の里
〒506-0055
岐阜県高山市上岡本町1-590
電話0577-34-4711  FAX0577-33-4714

年中無休
開館時間 8:00〜17:00
入館料  大人700円 子供200円
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「飛騨の里公式ウェブサイト」URL: http://www.hidanosato.org/



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第十三回 高山市郷土館

■ 高山の文化は、古い町並や祭屋台、工芸などにみられるように、町人が中心となって江戸や京都の文化を取り入れ築かれてきました。そして、多くの歴史史料が伝えられてきました。しかし、戦後の混乱の中、それらは破壊、散逸の危機にさらされました。

高山市郷土館は、先人の遺した文化遺産を保存し調査研究していくため、昭和28年に開館し、以来高山および飛騨一円の歴史民俗資料の収集、調査研究を行うとともに、江戸時代の領主金森氏の資料や高山の町人文化史料を中心とした、見ごたえのある史料が展示されています。現在、約7万5千点の資料を所蔵し、郷土史研究の拠点となっています。

郷土館は、高山きっての素封家であった永田家(屋号大坂屋)の土蔵を利用して展示室としています。この土蔵は明治8年に、名工8代目坂下甚吉が棟梁となって建てたもので、いたるところに飛騨の匠の技がみられます。
  
郷土館設立にあたっては、用地を村尾清一氏が買いうけて市に寄贈され、建物、図書館の建物は新谷泰助氏によって建てられ寄付されたものです。郷土館には貴重な古文書が集められていますが、なかでも角竹喜登氏より寄贈された多数の文献,史料は、「角竹文庫」として研究者に供され重用されています。

郷土館を一通り巡ることにより、高山の歴史を系統立てて知ることができるでしょう。私も知らないことばかりで。歴史を知って現在に生かすことの大切さをあらためて学びました。観光客の方が見学されれば高山旅行も一層印象深いものになるのではないでしょうか。

最近は総合学習としての利用も増加しているとのことでしたが、市民の方にも、もっと利用していただきたいとのことでした。

町人文化の資料が充実している 飛騨を治めた金森氏の資料

◎ 高山郷土館 見学ノート

住所 高山市上一之町七五番地
電話 0577-32-1205

開館時間
3〜11月 8 : 30 〜 17 : 00
12〜2月 9 : 00 〜 16 : 30
入館料 大人 300円
小中学生 150円 団体30名以上は各 50円割引
休館日 月曜日(4〜10月は無休)

※閲覧室の利用や学術調査、小中学校の学校行事による入館は無料となるので問い合わせるとよい
駐車場はないので、車で行く場合は近くの市営駐車場へ。
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第十二回 平田記念館

■ 今回は高山市上二之町「平田記念館」をご紹介します。

平田家は屋号を打保屋といい、鬢付け油や蝋燭の製造販売を行っていました。
江戸の当時、飛騨には地元産のろうそくが無く、他所から輸入していたのを打保屋が初めて国産化しました。材料と製造過程がほぼ同じである「鬢付け油」も作り、財をなしました。

平田記念館では、「江戸から明治にかけての昔の商家の生活をそのまま見せる」という、館長平田省三氏の理念のもと、蒐集、したものではなく、実際に自家で使っていた道具や工芸品を展示してあります。

まず入り口を入るとすぐ上に防火バケツと非常用草鞋が並んでいます。大火の多かった高山の町ならではの備えです。続いて勘定場には当時そのままの形で展示がしつらえてあります。当時の商店の雰囲気が色濃く再現されています。

3つある土蔵には、それぞれテーマを決めて、展示がなされています。鬢付け油の製造道具と説明、行燈や照明器具、明治の遊び道具、女性の使った美しい布袋、古地図など、いずれも貴重な物ばかりです。アンドンひとつとってもそれぞれ個性があってまったく見飽きません。

個人的な話になり恐縮ですが、平田家は天保年間に開かれた小糸焼窯元の出資者のうちのお一人であります。建物はごく一般的な町家造りだそうですが、特徴としては、ケヤキを多く使っているということでした。中途半端な美術品ではなく、昔の高山の商家の生活が時代を追って直感的に理解できる、すばらしい博物館です。

何回行っても飽きないところです。

入ると右手に帳場がある。 昔の「あかり」をテーマにした部屋

◎平田記念館 見学ノート

住所 高山市上二之町39番地
電話 0577-33-1354
営業時間
9時〜17時
入館料 大人(一般 ) 300円
小・中学生 150円

休館日 年中無休

小さな駐車場はありますが、自動車のかたは近くの市営駐車場に置いて徒歩で行くのがよいでしょう

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第十一回 高山短期大学・飛騨自然博物館

■ 高山短期大学といえば、国際ラリーなどでも活躍しており、自動車のイメージが強い学校です。しかし、そのキャンパスの一角には小さいながらも素晴らしい博物館があります。

高山短期大学・飛騨自然博物館は、飛騨の自然をテーマに、いろいろな素材を切り口にして自然や地球環境について考えようという博物館です。

館内に入るとまず目に入るのが、ミズバショウの模型です。ミズバショウはこの博物館のいわば象徴、シンボルです。飛騨におけるこの植物の意味合いを考えることにより、古く氷河期からの地球規模の自然の動きがわかるでしょう。

館内は巻貝の内部を一周するように設計されており、順番に標本やパネルを見ていくことにより、「なるほど!」と目からウロコがたくさん落ちるようになっています.。模型の精密さ一つとっても心のこもった物ばかりであり、見

今回は館長の小野木三郎先生がパネル一つ一つにいたるまで、丁寧に説明してくださいました。すなわち、飛騨というところは「温帯の南北の境」であり、「標高差」が連続的に存在し、周りを急峻な山で囲まれています。また、「太平洋側と日本海側」の境でもあります。

それゆえ飛騨は自然の多様性において世界的にもまれな特異点であり、飛騨の自然を学ぶことから多くの知見が得られるとのお話でした日本がなぜ科学・技術大国になったのか?それは前述したような多様な自然環境と、その自然に対する眼差しに大きく起因するでしょう。

「博物館」とは学術研究施設であると同時に教育施設としての役割を果たす義務があり、その意味で、飛騨自然博物館はきちんとした理念のある素晴らしい博物館であると思います。

もとより、この博物館からなんらかの答えが得られるわけではありませんが、何か(それは自然についてだけとは限りません)を考えるためのきっかけやヒントがたくさん詰まっています。 是非ご覧になることをお勧めします。

博物館に入ると先ず目に付くミズバショウ
注意深く考えられた展示内容

◎高山短期大学・飛騨自然博物館
見学ノート

住所 高山市下林町1155番地
電話 0577ー32ー4440(代)

開館時間
9時〜16時 (平日)
9時〜13時 (土曜日)
休館日 日曜日、祝日、及び
大学の定める休日
入館料 無料

※普段は施錠してあるのでまず 付属図書館で受付すること。
また、学校の授業の一環として利用する等の場合は事前に連絡し、教育プログラムなどについて打ち合わせてゆくのが望ましい。

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第十回 飛騨高山美術館

■民俗村・飛騨の里にいたる坂を登ってゆくと、突如近代的な建物が眼に飛び込んできます。これが「飛騨高山美術館」です。

館長の向井鉄也氏は、この飛騨高山に世界的レベルの芸術家の美術館を作りたいとの願いを持ち、平成9年、自ら収集した十六〜二十世紀のガラス芸術、とりわけアールヌーボーガラスと世紀末芸術をテーマとした美術館を建設しました。

収蔵作品としては、1926年、ルネ・ラリックがパリのシャンゼリゼ通りに作った3メートルのガラスの噴水を筆頭として、エミール・ガレやドーム兄弟のガラス工芸作品。そしてC.R.マッキントッシュを中心とした「グラスゴー派」等の世紀末装飾美術が数多く展示されています。

私自身はやはり様々なガラス作品にこころを奪われました。いろんな手法で作られたガラスを見ていると、いかにも19世紀末の雰囲気がこころに迫ってきます。

美術館には、マッキントッシュのデザインを取り入れた雰囲気の良い「ザ・マッキントッシュ ティールーム」、たくさんの綺麗なガラス製品や文献を販売するミュージアムショップもあり、こちらもお勧めです(入場は無料)。また、美術館に行こうとするかたには、1960年代、実際にロンドンを走っていた2階建てバスが市内を循環してピックアップしてくれますのでこれに乗っていくのも一興でしょう。

北アルプスを一望できる抜群の眺望の中でゆったりとしたたひと時を過ごすのに最適のスポットです。

近代的なデザインの建築 落ち着いた雰囲気の中で収蔵品が見られる


ルネ・ラリック作の噴水。10分ごとに水が出る
◎ 飛騨高山美術館 見学ノート

住所 高山市上岡本町1-124-1
電話 0577-35-3535

営業時間
9時〜17時 、ただしショップとカフェは 17時30分まで
入館料 大人(一般 ) 1300円
高校・大学生 1000円
小・中学生 800円
※特別展・企画展は別途入場料あり

休館日 4月〜11月 無休
12月〜3月 休館日あり
(美術館にご確認ください)

駐車場あり ・市内循環バス停あり

飛騨高山美術館Webサイト
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第九回 春慶会館

飛騨にお住まいの方でしたら、ご家庭に、春慶塗のお盆や茶托が必ずあるのではないでしょうか。
飛騨春慶とは慶長年間(約390年前)、大工の棟梁高橋喜左衛門がサワラの木を割ってできた模様を装飾とした盆を金森宗和公に献上し、それを宗和公が塗師成田三右衛門に木地を生かして漆を塗って仕上げさせたものが発祥であると伝えられています。

春慶会館は飛騨物産社長の故・長瀬清氏が、自分の収集した春慶塗のコレクションを、広く一般の方に見て貰うために建てたもので、初期のものから現代まで、たくさんの春慶塗が広い室内に展示してあります。
飛騨春慶は輪島塗などとは異なり、木地や木目の美しさを生かすのが最大の特徴です。清潔感のある透き通った漆と飾らないデザインが相まって、品格の高いものです。

春慶塗は建水、菓子器、水次ぎといった茶道具として、全国的に多く使われています。
展示品はいずれも大切に使われてきたことをうかがわせるもので、当時の人々の心が伝わってくるようです。
春慶塗は木地師と塗師の共同作業であり、どちらも多くの工程と大変な手間とをかけて作られています。

ともすれば値段ばかりに目が行きがちな今の時代、地味ながら心休まる工芸品です。春慶塗は大切に扱えば永く使える道具です。使い込むほどに漆が透いて、味わいが深まります。
時間をかけてゆっくりとご覧になることを強くお勧めします。

見事な春慶塗の箪笥 春慶塗製品の展示・販売も行っている
春慶会館 見学ノート

住所 高山市神田町 1ー88
電話 0577ー32ー3373

営業時間
4月〜10月 8時〜17時30分
11月〜3月 9時〜17時
12月31日、1月1日は休館

入館料 個人300円 中高生200円
団体(30名〜)はそれぞれ50円引

※春慶塗絵付け体験ができる。
駐車場あり

春慶会館Webサイト
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第八回 「国史跡・高山陣屋」

元禄五年(1692年)、飛騨を治めていた大名、金森第六代頼とき (よりとき)は出羽国上山に移封され、飛騨は幕府の直轄領となりました。

初代代官伊奈半十郎は金森家の下屋敷を高山陣屋に改め、ここを政務の拠点(代官所)としました。以降、高山陣屋は慶応四年(1868年)の新見代官まで177年間、明治に入ってからも飛騨県事務所などとして使用され、昭和44年までの実に270年以上もの長きにわたって飛騨の行政を司ってきました。

その後、修復整備され、昭和49年に歴史展示施設として一般公開されました。代官陣屋の建物が遺っているのは全国でここだけです。飛騨の政治や経済の歴史が資料と共に順を追って解りやすく展示されています。

江戸時代には合計二十五人の代官が飛騨を治めましたが、その中でも特筆すべき事件は、やはり「大原騒動」ではないでしょうか。第十二代代官大原彦四郎の時に起こったこの騒動は、検地の強行などの厳しい政治に耐えかねた農民の蜂起、と一般には印象付けられています。

しかし、今回いろいろな方から話を伺ってみると、そこには経済や時勢、あるいは幕府とのかかわりといった込み入った事情があり、必ずしも代官=「悪」といった図式で単純に割り切れる物ではないと解ります。いったい日本は過去の歴史を所々で寸断してしまっており、ほんの2〜300年ほど前の出来事すらかすんでしまって、その正確な姿を掴むことが困難なようです。

高山陣屋ではその他にも、長谷川庄五郎忠崇や大井帯刀、また、明治維新後は梅村速水など、多くの首長が様々な業績を残しています。もちろん、中には失政もあるでしょう。
人心を掌握して公平・誠実な政治を行うことが、いかに難しいことか、高山陣屋を見学して良くわかりました。

いま、市町村合併や、地方自治のありかたが大きな問題になっています。
高山陣屋は地方行政についてたくさんの事柄が学べる、格好の生きた教材ではないでしょうか。

※高山陣屋の取材に当たっては、林 格男、西村宏一、池之端甚衛の各氏のご協力をいただきました。
往時は飛騨一円を治めた高山陣屋
葵の御紋が鮮やか
飛騨の行政の中枢、
執務室の様子

○高山陣屋見学ノート

住所 高山市八軒町 一ー五
電話 0577ー32ー0643
営業時間
3月〜10月 8時45〜17時
11月〜2月 8時45〜16時30分

入館料 個人420円、
団体370円(30名〜)・高校生以下無料

※市内循環バス停あり。車の方は近くの市営有料駐車場をご利用ください

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第七回 「飛騨地域地場産業振興センター 展示室」

今回はちょっと毛色の変わった施設を紹介します。
市内天満町,郵便局本局そばにある,飛騨地域地場産業振興センター(以下地場産センター)です。地場産センターとは、地域の地場産業の発展と育成を目的に中小企業庁が中心となり全国各地に設立されたものです。飛騨では昭和59年に設立されました。

地場産センターは、これまで、新製品開発、研修、雇用など、地場産業の育成に尽くしてこられました。4階建てのこの建物には他に高山商工会議所が入っていますが、その一階、入口すぐの所に、飛騨の地場産業を一同に展示したショールームがあります。

春慶塗、一位一刀彫などの伝統工芸品から、飛騨さしこや千巻等の工芸品、地酒や漬物、菓子などの食品に至るまで、様々な製品が展示してあります。

「地場産センター」といわれても馴染みの薄い方がほとんどだと思います。しかし、地場産業に関わっている方は多いはずです。地元を知る上でも、一度ご覧になってはいかがでしょうか。

ショーケースに並ぶ春慶塗 わかりやすいパネル展示 飛騨の地酒が並びます

○地場産センター見学ノート

住所 高山市天満町5丁目1−25
電話 0577-35-0370
営業時間
午前9時〜午後5時

入館料 無料
隣に市営広小路駐車場があります(有料)

飛騨地域地場産業センターWebサイト

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第六回 「獅子會館」

■今回は市内桜山八幡宮横にある「獅子會館」の紹介です。

神社の祭りの時には、各家の玄関口に獅子舞がまわってきます。 獅子は悪霊を退散させる力を持つとされ、獅子舞には、清め、お払いをする意味があります。

獅子會館にはその名のとおり飛騨地方を中心とし、日本全国から収集した大小さまざまな獅子頭が展示されています。
その数約三百点、時代や地域の違いによりいろんな顔かたちの獅子がならんでいます。迫力のあるもの、かわいいもの、ユーモラスなもの、一つ一つ見飽きません。

獅子舞は飛鳥時代、伎楽の演目として大陸から伝わったということです。狭い飛騨の中でも地区や神社ごとに色々なバリエーションがあります。最近では観光・村おこしの目玉になっているところもありますので、現地でご覧になるのも一興かと思います。

獅子會館には他にも様々な美術品がありますが、墨壷のコレクションが興味深いです。 墨壷とは大工さんが材木に直線を引くための道具ですが、神聖な道具としての意味合いもあり、高い精神性をかいま見ることが出来ます。

獅子と墨壷、どちらも飛鳥・天平の時代からの歴史を持ち、現在にも生きている貴重な伝統です。

ショーケースに並ぶ獅子頭 どことなく憎めない獅子も 意匠を凝らした墨壷が七十点あまり

○獅子会館見学ノート

住所 高山市桜町 53-1
電話 0577-32-0881

営業時間
4月21日〜10月20日
午前8時30〜午後5時 30分
10月21日〜4月20日
午前9時〜午後5時

入館料 一般 600円
小中学生 500円

獅子會館Webサイト (東洋アドバンス株式会社)

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第五回 「飛騨民俗村・山岳資料館(旧高山測候所)」

■今回は、飛騨民俗村内にひっそりとたっている山岳資料館をご紹介します。

高山の気象観測を行うために、測候所が明治36年大野郡灘村(現在の高山市桐生町)に建設されました。寄せ棟造の屋根を持つ洋風の建物で、施工は前回の市政記念館の項でも触れた高山の大工棟梁坂下甚吉といわれています。すっきりとした簡素なデザインの建物ですが、唯一、玄関先のレース状の瓔珞(ようらく:註)が装飾のポイントとなっており、建物に花を添えています。

測候所建物は昭和40年代にその役目を終えました。しかし、取り壊しを惜しむ飛騨山岳会を中心とした市民のかたがたの協力を得て、昭和45年民俗村に移築。翌年、各種資料を展示した「山岳資料館」として開館しました。内部は奥まで続く廊下を挟んで両側に部屋が配置してあります。

向かって右の部屋には笠ヶ岳を開山した宗猷寺第十代住職の南裔上人、ならびに槍ヶ岳開山の播隆上人に関する資料が展示されています。山岳信仰といえば御岳、白山が有名ですが、それぞれ木曽、加賀側が山の正面であり、飛騨における山岳信仰は大規模なものにはなり得なかったそうです。

左室には動植物の資料、昔の登山やスキーの用具が展示されています。いずれも貴重で興味深いものですが、中でも飛騨を代表する文化人で、登山家でもあった故・代情通蔵(山彦)氏が地元の鍛冶屋に作らせた、飛騨初の地元産ピッケルは素晴らしいものです。

一般に飛騨は山深く遅れた地域だと思われています。しかし、過去に天領であったがゆえ中央の動きに鋭敏なところがあり、登山に関しても先駆者の方々が不自由な中から新しいものを生み出してきたことがわかります。

この建物は昨年十月文化庁・登録有形文化財に登録され、修復・整理しなおして、今年十一月に再び開館しました。
この原稿を書くに当たり、飛騨山岳会会長の木下喜代男氏にお話を伺いましたが、飛騨山岳会は日本山岳会に次ぐ古い歴史を持つにもかかわらず、飛騨には登山の歴史を展示する施設が無いことを惜しんでおられ、山岳会としても今後展示資料を充実させてゆきたいとのことでした。

(註)瓔珞とは、インドの貴族が珠玉などに糸を通して作った装身具、あるいは、お寺などの破風板に取り付けられた飾りのこと。

・取材協力:飛騨山岳会会長 木下喜代男氏、飛騨民俗村 学芸員 岩田 崇 氏

測候所全景 過剰な装飾は無く、品格が漂う建物である。
代情通蔵氏が飛騨の鍛冶屋を指導して作らせたピッケル 山スキーの用具は懐かしい人も多いはず

山岳資料館見学ノート

住所 高山市西之一色町
飛騨民俗村内
電話 0577ー34ー4711
営業時間
8時30〜17時 無休

入館料 無料

※国道158号線、飛騨民俗村入口より200mのところにある民俗村無料駐車場に駐車ください。

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第四回 「福来博士記念館」

■ 世情が不安定になり、先行きが不透明になると、人はどうやら神秘的で、合理的に説明の付かないことへの憧れが募るようです。

福来博士は数年前にホラー小説のモデルになったことがきっかけで広く知られるようになりました。城山公園入口にある福来博士記念館は、いまや高山観光の穴場的スポットになっています。明治期のあの妖しい雰囲気は、それを知らないはずの若者の遺伝子をも刺激するのかも知れません。この記念館は昭和31年、財団法人飛騨福来心理学研究所、山本健造氏らにより建てられました。

福来博士は明治2年高山に生まれ、東京帝大助教授となりましたが、御船千鶴子、長尾郁子らの透視、念写実験問題がきっかけとなり、大学を追われました。

博士の関わった透視や念写は、物理学者山川健次郎、藤原咲平博士らの調査により「科学」ではなく「手品」であるとされました。では透視や念写はこの世に存在しないのでしょうか?それはいまだ解明されていません。

現在まで「科学」により解明されたとされる事実は自然現象のうちほんのわずかです。解らないことのほうが遥かに多い。精密な観察、実験を行い、その結果を法則にまとめることが出来て初めて「科学」と呼ぶことが出来ます。

福来博士の挫折はこのことが大切であると教えてくれます。

福来友吉博士 パネル展示を中心に、
博士の研究がまとめられている。

○福来博士記念館 見学ノート

住所 高山市堀端町
電話 0577ー32ー2052
営業時間
8‐30〜1700位 不定休
※この記念館は同町にある照蓮寺の管理です。入館するには先ず照蓮寺の受付で受付してください。

入館料 200円 (照蓮寺拝観料ともに)

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第三回 「高山市 市制記念館 (旧高山町役場)」

■今回は神明町にある「高山市制記念館」を紹介します。市民の皆さんには「昔の公民館」と言ったほうがわかりやすいかも知れません。昭和43年まで役所として使われ、市民文化会館ができてから、復元修理が行われ、市制記念館として一般公開されています。

この建物は明治二十八年築。 当時高山町長であった永田吉右衛門が町の将来的発展を睨んで計画、建造したものです。
設計ならびに大工棟梁は坂下甚吉。飛騨の名工と呼ばれ、同じ神明町にある旧三星製糸所、押上邸洋館など、洋風建築を日本の伝統的な技法で表現するのに長けていました。材は宮村餅谷の官材を使用しました。

永田は高山に中央の文明を引き入れるべく、様々な新技術を導入しました。花をイメージした鉄欄(柵)は東京神田から苦労して運び、瓦は三河からわざわざ職人を呼んで、地元下切町で焼かせました。ガラスの窓も初めて採用されました。これらはいずれも飛騨では初めてのことで、大変な驚きを持って住民に迎えられたといいます。

この建物は和洋折衷が特色ですが、入口の「起くり屋根」と呼ばれる柔らかな曲線を描いた二つの屋根が際立って目立ちます。本体に対してちょっと重いかな?と思わせますが、実は絶妙のバランスなのかもしれません。良材を吟味しただけあって中も素晴らしいです。飛騨の大工・坂下甚吉が西洋をどのように解釈し、どんな技術で具現化したのかが見所でしょう。

永田は坂下甚吉を私費で各地へ遣り、建築を学ばせました。この役場は当初予算を大幅に超え、倍以上の工費となりましたが、不足分は永田が責任を持つことで遂行しました。施主と建築家の信念のこもった仕事です。

ほとんど知られていない場所ですが、本当に良いところです。懐かしい人も多いのではないでしょうか。

取材協力:高山市教育委員会文化財保護課 田中彰氏

二つある入口、手前は皇室などの身分の高い方のためのもので、開かずの入口であった
内部には行政に関する色々な資料が展示してある。高山市の歴史について学ぶことができる。

○高山市制記念館 見学ノート

住所 高山市神明町4ー15
電話 0577ー32ー0406

営業時間
8‐30〜1700
毎週月曜日、および12月29日〜1月3日休館
(但、規定の休館日でも開いている場合がありますのでお問合せください)

入館料 無料。 近くに市営駐車場あり

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第二回 「高山屋台会館」

■ 飛騨びとの技術と財力をつぎ込んで造られた高山祭り屋台。屋台組の人々は代々この屋台を守り継いできました。

高山祭りは春・秋の2回行われ、秋祭りは十月九、十の二日間、桜山八幡宮にて行われます。屋台は普段、防火蔵の中に仕舞われており見ることはできませんが、八幡神社境内にあるこの高山屋台会館では秋の祭屋台の実物が展示されており、常時見ることができます。

入口には巫女さんの格好をした女の方がいて中に案内してくれます。中には秋祭の屋台十一台のうち4台が並べられていました。年3回入れ替えを行っているそうです。展示室内では巫女さんの格好をした女性が説明してくれて、とてもわかりやすいです。 若い巫女さんにいろいろ質問してお話するのも楽しみです。

本番の祭りでは人が多すぎてじっくり見られませんが、ここではガラスで仕切られているとはいえ、ゆっくりとその細部まで見られるのがうれしいです。屋台のフィルムが見られるビデオルームや資料室など、内容は大変充実しています。屋台の写真パネルも見所。

ひさしぶりに行きましたが、あらためて見直しました。


○高山屋台会館 見学ノート

住所 高山市桜町178
電話 0577ー32ー5100 、FAX 32ー5166

営業時間
3〜11月 :8時30〜17時30
12〜2月 :9時 〜16?時30
年中無休

入館料
大人820円,高校生510円、小中学生410円

※なお、夏季は朝7時30分より開館しております。解説員の説明はありませんが、団体料金で入ることができます。
駐車場あり (有料・普通車300円)

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第一回 「日下部民藝館」

■ 高山市では最も歴史が古い博物館のひとつです。

敷居をまたいで一歩中に踏み入るとまず広大な吹き抜けに驚かされます。縦横に走る梁と束柱、名工といわれた川尻治助の渾身の作です。日下部家は天領時代、幕府の御用商人であり、飛騨における総合商社として財を築きました。

日下部邸はその持てる力を注ぎ込んだ、総ひのき造りの大邸宅です。 正面の出格子、 窓切りの変化など、江戸時代高山の町屋造りの すがたがとどめられています。

箪笥や器など、所蔵する工芸品は5000点以上。数多くの興味深い展示物の中で特筆すべきは、飛騨一位一刀彫の開祖、松田亮長の根付のコレクションです。精巧な細工を ぜひご覧下さい。

近年、にぎやかな団体ツアー客は減少し、ゆっくりと見学したいという個人のお客さんが増えているそうです。
かつて、石油王ロックフェラーをして、「金はいくらでも出すから売って欲しい。」と言わしめた日下部邸。 しっかりとした、味わい深い博物館です。

取材協力:日下部民藝館 日下部勝氏

ジャンボジェット機の離陸時の可動翼を思わせる広く長い軒。絶妙のバランスです

吹抜けの力強くも繊細な木組
松田亮長作の根付 ひとつひとつの作品に込めた情熱がすばらしい

○日下部民芸館 見学ノート

住所 高山市大新町 1ー52
電話 0577ー32ー0072 、FAX 36ー0288
営業時間
3〜11月 8時30〜17時
12〜2月 8時30〜16時30

年中無休
入館料大人500円,子供300円

※お茶と塩せんべいの無料サービスがあります
国指定重要文化財

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